狸旅記録 ~たぬたび~

狸・タヌキ・たぬきにまつわるお寺・神社・スポット・珍しいタヌキ像を中心に旅しています。狸旅の記録です。

カテゴリ:狸旅 > 京都

京都府京都市・太秦広隆寺駅から徒歩5分ほどのところに三吉稲荷大明神が鎮座。(八幡大菩薩とひとつの神社として創建)

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正面から

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由来板

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ヨシダ書店さんの周辺で発見・狸石像

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三吉稲荷大明神 由来

昭和3年に日活撮影所が太秦に移転してきたときに、狐や狸が住んでいた広大な竹やぶが切り払われました。住処をなくした狸や狐を可哀そうに思った関係者が、竹やぶにあった三吉稲荷大明神と中里八幡大菩薩の慰霊の為に昭和5年に一つの神社として創建しました。

境内には「日本映画の父」と呼ばれたマキノ省三の顕彰碑があり、芸能関係者が寄進して建てました。

三吉稲荷大明神は現在、秦氏ゆかりの木嶋神社(蚕の社)の境外社となっているらしいとのこと

三吉稲荷大明神(八幡大菩薩)
京都府京都市右京区太秦多藪町28
太秦広隆寺駅から徒歩5分

京都府八幡市の東高野街道沿いにある泥松稲荷大神

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朱色の鳥居と木造のお社

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泥松稲荷大神

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狸の屏風

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泥松稲荷大神の由来

その昔、もみじ寺というところに小柄で豆狸のような庵主が住んでいて、近くの祠にはいたずら好きの狸が住み着いていました。村人にお仕置きされていた狸を庵主が助け、連れ帰ったところ一緒にお祈りするようになりました。その狸の名前は「どろ松」といい、その狸が亡くなると庵主に霊力が乗り移り、占いがよく当たるようになりました。噂は京都や大阪に広がり、泥松大明神の社と鳥居が奉納されました。

泥松稲荷大神
京都府八幡市八幡広門
拝観時間:9:00~17:00
京阪電車八幡市駅からバスで8分・志水バス停から徒歩1分

京都府向日市の住宅街の一画に鎮座

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鈴吉大明神

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お札 ご利益・商売繁盛、家内安全、交通安全、合格祈願

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ここの祠は樹脂張りだそうで、雨のときの為にと浄財などで修復されました。
当時の新聞が掲示されていました。

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鈴吉大明神の話

明治時代初頭にある農家で知らぬ間に板の間に生卵が置かれていました。ゆで卵だったらいいのにと言うとゆで卵になりました。ある日、突然腹痛になり医者を呼びに行こうとするとその家の周りだけ豪雨になったそうで、連日奇怪な出来事が起こるので祈祷してもらうと、狸の鈴吉の仕業だったというお話です。祟りをおさえるため祀るようになったといわれています。

鈴吉大明神
京都府向日市上植野町御塔道30−5
西向日駅より徒歩5分

「大北山 大宝寺 不思議不動院」は、五山の送り火の一つである左大文字の麓にたたずみます。初代酒井圓心師が戦後まもない昭和20年頃この地に開きました。かぼちゃ供養が有名で参拝者にかぼちゃ煮が接待されます。

入口の地蔵の横に狸地蔵

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地蔵さんといっしょにパチリ

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境内の狸像

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あちこち狸

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あちこち狸

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吉太郎大明神

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吉太郎大明神の話

本堂出入り口脇に吉太郎大明神が祀られています。四国の狸神おくろさんを勧請祭祀したもので、一名おくろさんとして親しまれ、酒断ちや勝負事断ちのご利益があります。御神像である狸像は酒徳利をぶら下げた姿をしています。また、道沿いにもおくろさんを祀った小祠があります。

前情報で上の情報を得ていたのですが、不思議不動院の方にお伺いしたところ吉太郎大明神は狸ではないとのことでした。でも狸の神様はいるかもね・・・と、とっても意味深・・・。お名前のようにとっても不思議な体験をしました。

不思議不動院
京都府京都市北区衣笠赤阪町1−133
バス停:金閣寺前徒歩12分、金閣寺道15分

愛宕念仏寺は京都府京都市右京区の嵯峨野にある天台宗の仏教寺院。 本尊は厄除千手観音。愛宕山参道の山麓の入り口に位置する嵯峨野めぐりの始発点として知られています。

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山門の裏に狸の置物

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境内には参拝者の手により彫られた1200体の石造の羅漢像が並びます

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境内の滝

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すぐ横に心見大明神の祠

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正面

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心見大明神の由来

寺の近くにある清滝トンネルで狸が村人や旅人にいたずらをしていました。そんな状況をみかねた住職が、人々の難儀を救おうと祠を建て「心見大明神」として祀ったところ、いたずらは無くなりました。

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愛宕念仏寺
京都府京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町2−5
8~16時45分、拝観料300円 駐車場あり
京都バス「おたぎ寺前」下車すぐ

華頂道を東山方面に北に進むと白川一本橋があります。

一本橋は比叡山延暦寺・千日回峰行を達成した行者が天台宗の寺院・尊勝院の第18代天台座主・元三大師に満行を報告する際、入洛して最初に渡る橋だったことから行者橋・阿闍梨橋とも言われています。



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その橋のたもとに福高大明神が鎮座しています
引戸になっていて自由にお参りできます


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開けたところ
お邪魔します


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鳥居と祠

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正一位稲荷大神霊

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鳥居の足元に狸

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福高大明神の由来

伏見稲荷大社には多くの神様がいらっしゃってその内の一神で御使いが狸といわれています。福高大明神は古くからこの地に分身として祀られてました。前の橋は狸橋ともよばれ、橋の下にはお狸様が住んでいるという言い伝えがあり、子供は女性は橋を渡らなかったそうです。歯痛や歯の病に御利益があるとさ、虫歯の子供たちはここに必ず参りに来ました。現在の御神体は古くから祀っていたものが老朽化した為、昭和40年に地元のお守りしていた方が改めて伏見稲荷大社からお分けいただいたものです。通称お狸様とよばれ祇園の花柳界にもたくさん信者がおり、芸能の神様としても御利益があります。

福高大明神
京都府京都市東山区梅宮町
東山駅から徒歩5分



伏見区にある狸寺こと西運寺

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境内に狸がちらちら

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人ほどの大きさの巨大狸像 後ろ姿しか撮れず

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◆狸の逸話 江戸時代末、文久年間(1861-1864)、寺の裏山に雌狸が棲み、悪さをし人々を困らせていた。30世・冠道が餌付けをして馴らし、「八」と名付けた。狸は、冠道が手を叩くと山から下りてくるようになる。以来、寺は文人、見物人で賑うようになり、「狸寺」と呼ばれた。
 龍源寺(江戸町、現在の桃山町本多上野)の西隣に住んでいた陶工・高橋道八は、狸見物に当寺を訪れた。その謝礼として、人の背丈ほどの焼物の狸像を作り門前に置いたという。以来、寺は「狸寺」の別称が定着した。像は、近代、34世・寛兆(戒誉寛兆)の頃まで現存しており、その後失われた。狸像は、工兵隊の数名により宇治川に投げ込まれたともいう。
 以後、35世・寛順(圓誉寛順)より狸の置物などの数百点の蒐集、展示が始められ、現在も続けられている。
 1868年の鳥羽・伏見の戦い後、狸は姿を見せなくなる。その後も、狸寺を訪れる人は絶えなかった。2004年頃より再び、裏山に野生の狸が見られるようになったという。


西運寺
京都府京都市伏見区桃山町泰長老108

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