狸旅記録 ~たぬたび~

狸・タヌキ・たぬきにまつわるお寺・神社・スポット・珍しいタヌキ像を中心に旅しています。狸旅の記録です。

カテゴリ:狸旅 > 愛媛

愛媛県今治市東村にある真光寺

約1300年前に道昭法師によって開創された由緒ある古刹です。現在は、真言宗に改宗し、高野山金剛峯寺の直末寺となっています。

四国遍路後に開創された「伊予府中二十一ヶ所霊場」の二十番札所で、向かいには二十一番札所の真光寺大師堂があります。


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本堂

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境内に赤い鳥居と狸の祠が鎮座しています

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3匹の狸地蔵

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赤い前掛けをしてらっしゃってます
両側のタヌキさんは独特な感じがいいですね~

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高野山真言宗真光寺
愛媛県今治市東村4丁目1−14
伊予富田駅から徒歩25分
伊予桜井駅から徒歩35分
バス 富田駅前→拝志下車 徒歩1分
バス 桜井駅口→拝志下車 徒歩1分

約1300年前に隕石が落下したことで建立されたとされている星ノ宮のお社の裏に狸さんが祀られています

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コンクリート+木製

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信楽焼とみられる狸の陶器がたくさん(✽ ゚д゚ ✽)

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楠の大木が雷で焼けた後、木の中に人助けをする賢い狸が棲み着いたことから、祀っているそうです

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由来が掲示されていました
隕石が落下して千三百年近くになると言われている。 古くからこの辺りに市が立ち、商売発祥の地でした。 この境内にあった楠の大木に雷が落ちて、焼け木の中に狸が住み着き、近くの岡田さん夫婦に聞いた話によると早朝「オバヤン、オイヤン」と声をか けるので出て見ると、表に野菜を置いてくれていて、カランコロンと下駄をならして星の宮の方へ帰って行く後姿をよく見かけたとか。 支那事変で、兵隊さんがコーリャン畑で、餓死状態になっているところへ婦人会に化けて、兵隊さんをお接待した。食べ終わって飯盆を洗ったら星の 宮と書いてあったので、隊長が皆に「星の宮を知らないか」と聞くと、寿町出身の人が「私所の近くのお宮です」と言いました。星の宮の狸は人助けをする利口 なお狸さんでした。 昭和四十五年頃まで、北内の渡辺彦吉さんと言う人が「私が星の宮を掃除していると、正さあん、遅くなると狸に化かされるといけないので帰ろわい」といっていた。 平成八年五月吉日 文責 星の宮保存委員会 会長 下川正 沼田浩夫

愛媛県新居浜市星原町4

2017年再訪
古老の話によると、お狸さんにお会いしたことがあり、一年に一回、市に来ていたそうです。


愛媛県松山市上野町 大宮八幡神社
境内に金平狸(金森大明神)を祀るお堂があります。

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金平狸

伊予の大関格の狸。大宮八幡神社の天然記念物の柏にすんでいました。松山騒動八百八狸の地元である久谷久万山が郷に近いことから、隠神刑部の直径狸だといわれています。金平狸は男狸で、八股のお袖狸の旦那さんともいわれ、インテリ狸でした。文字が読め、そろばんも得意なので伊予狸族中の学者狸として大きな存在でした。また大宮八幡神社の宮司をつとめる大西家の代々に対して絶対服従のお使い狸としての評判も高かったのです。何代か前の宮司さんがおっしゃるのには、明治の末期頃、帰宅が遅くなり真っ暗になったときには、大宮神社の定紋の入った提灯がどこからともなく現れ、旧道のせまい道を案内してくれたのでした。この提灯は金平狸で、主人思いで村の人々にも親切で迷い子の世話から病人のお使い、老人をいたわる心のやさしい狸だったので、大明神の位をもらって信仰を集めました。お堂が建てられ、毎月9日の日には地方の信者で組織している「金平講」がおこもりをして金平狸を祀る金森大明神の徳をたたえています。 富田狸通先生著「たぬきざんまい」


金平狸が棲んでいたとされるビャクシン(大)

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金平狸由来の看板

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赤い鳥居と奥のお堂

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お堂前 大宮金平大明神

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お堂の中。金平大明神の提灯も

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オリジナリティ溢れる金平狸の石像。

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地元の会社から奉納されました。横顔

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大宮八幡神社
久谷町にある金比羅神宮にも祀られています。こちらの方が本家で、大宮八幡の金平狸はお父さんの名前をもらったとも。久谷町の金平狸は子供が33人いたそうです。

金平狸の石像のミニバージョンや狸グッズが「衛門三郎の里」(
で売っていると宮司さんに教えていただきました。

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