山梨県笛吹市にある慈雲寺に、建長寺の三門の再建の為に諸国を廻っていたむじな僧の話が残っています。

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むじな僧の話は、静岡・山梨・神奈川・東京・長野などで語られています。

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むじなになった和尚さん

ずっとむかしのこと。静かだった村が慌ただしくなりました。建長寺から村の慈雲寺に使僧がやってくるというのです。建長寺といえば鎌倉五山の第一等、慈雲寺の本山です。村人総出で使僧を迎えようと準備をしました。

そして建長寺の使僧がやってきました。使僧はいかにも、きりっとして立派なお顔でした。用意された奥の広間に入ると襖をぴったりとしめてしまい、給仕もいらないので決してこの襖を開けてはならんと言いました。食事を広間に運ぶと使僧はすごいスピードで食べます。追加の食事もお酒はどんどんなくなっていきました。さすがにおかしいと感じた一人の女の人が中の様子を見に行くと、使僧は真っ赤な恐ろしい顔をして、目をランランと輝かせ、衣の半分をはだかせ、酒をぐびぐび飲んでいました。しかも食べ方が獣のように汚いのです。

その時、反対側の襖から慈雲寺の和尚さんと名主ふたりが入ってきました。「給仕はいらないと言ったではないか」と不機嫌になりました。「いえいえ、給仕ではなく、ここまで来られた記念に一筆書いていただけないでしょうか?」と紙を差し出しました。使僧はちょっと困った顔をしましたが、しぶしぶ引き受けました。そして二人を引き込ませ、用意された紙の回りをぐるぐると歩きはじめました。深く考えたと思うと、さっと口に筆をくわえ、一気に書き出しました。それを見たさっきの女の人はどこまでも風変わりな使僧のふるまいに、驚きましたが人に言う勇気はありませんでした。

そして使僧が出発する日が来ました。用意された駕籠にいざ使僧が乗り込もうとした瞬間に、どこからか犬がやって来て足に噛みつきました。慌てて村人が追い払おうとしましたが犬はやめません。ついに使僧の喉に噛みつきました。使僧ののどから血が吹き出し、あたり一面血に染まり、息絶えてしまいました。

村人が呆然としていると使僧の姿がみるみるけものの姿へと変わっていきました。やぶれた衣からは黒褐色の毛が見えました。使僧はむじなだったのです。

使僧が止まった広間には2枚の書が置かれていました。「小禽遊川流」と「仰滝仙人」と書いてあり、とても口で書いたとき思えないそれはそれは立派なものでした。

「小禽遊川流」
小禽は小さな鳥という意味で、小さな鳥が川で遊ぶというし自然のようすを写した書でした。

「仰滝仙人」
滝を仰ぐ仙人という意味で、むじなの書号かもしれないと言われています。

むじなは小鳥の遊ぶ川の近くに住んでいたのではないでしょうか

みさかの民話(1985年発行より)

臨済宗建長寺派慈光寺
山梨県笛吹市御坂町二之宮604