徳島県板野郡藍住町にある観音院。729年勝道上人によって創建されました。本尊は十一面観世音菩薩。明治初頭、浦上キリシタンの改心者が預けられたこともあったそうです。

看板に惣助たぬき祠

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奥に進むと・・・

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パワースポット
困った時には、狸の言う通りにすれば願いが叶えられるという。

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惣助たぬきの祠
ピカピカです

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中には小槌を持った狸の石像が鎮座
うつろなお目々

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阿波の惣助たぬきの由来の看板

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昔、川崎から惣助という翁が※納所として此のお寺にやって来ておった。カンランの大樹を住みかにしていた当山の観音様のご家来狸の精が惣助にのり移り、困った時は何でも納所の言う通りにすれば願いがかなえられると評判に成り、以来人々は狸の神通力を受けようと参詣者がたえない。

※納所・・・禅宗寺院において金銭などの収支を扱うところ,また,その役を受持つ僧侶。広義には,寺院の庶務を司るところや,その役の者をもいう。

昭和2年発行の笠井新也先生著の「阿波の狸の話」にも、狸の名前は付いていませんが似たような話が掲載されています。この狸の霊がのり移ったのでしょうか

明治27、28年の日清戦争の時に、住職の許しを得て出征しましたが、講話になる前に負傷して帰ってきました。また、37、38年の日露戦争の時にも『お国の為に行かねばなるまい』と言ってまた出ていき、至るところで大そうな働きをして帰ったそうです。その当時は住職の為に毎晩連続して自分が参加した体験談を聞かせていました。実際にこの観音院の住職は、戦争当時戦地へ行っていたものでなければ、知り得ないことを知っていたので、狸の話も虚言ではなかろうと言っていました。

他にも観音院では狸がのり移った腕のよい女医の話も掲載されていました。


高野山真言宗雲龍山観音院
徳島県板野郡藍住町奥野字猪熊96
徳島駅より徳島バス吉成藍住線「藍園農協前」下車、徒歩約3分