狸旅記録 ~たぬたび~

狸・タヌキ・たぬきにまつわるお寺・神社・スポット・珍しいタヌキ像を中心に旅しています。狸旅の記録です。

語彙力がないので写真中心のアップになりますが、よろしくおねがいします。写真・ブログの内容の無断転載はご遠慮ください。

群馬県館林市にある分福茶釜で有名な茂林寺。

境内には1960年に設置されたという笠間焼の陶工・水谷藤太郎(藤八)作の狸像がズラリと並んでいます。水谷さんは信楽焼狸の第一人者・狸庵さんの親せきの方です。

設置された昭和35年4月29日にはお祭りがあったみたいです。

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水谷さん

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この子たちは時期によって様々なコスプレをしてくれます。雛たぬき・ハワイアンたぬき・五月人形たぬき・お掃除たぬき等。今回はコスプレ時期に行けませんでした(´;ω;`)また次回

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山門から奥にかけての狸たちのご紹介~

ゼッケン番号01番たぬき~「一番はかくきんげんな初笑い」

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ゼッケン番号02番たぬき~「立つや関八州の初東風の腹」

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ゼッケン番号03番たぬき~「首少し出す寒明けの舌の先」

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ゼッケン番号04番たぬき~「打ち出すや大杉が生む春の月」

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ゼッケン番号05番たぬき~「八畳を隠し狸の座も夏野」

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ゼッケン番号06番たぬき~「笠間焼が狸となりし涼しさ」
狸像は信楽焼が有名ですが茂林寺のこの並んでいる狸さんたちは笠間焼ですヨ

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狸さんの紹介は続きまーす その2へ その3へ その4へ

曹洞宗青竜山茂林寺
群馬県館林市堀工町1570

三好市の青木藤太郎狸さんに会いに行ってきました。

昭和2年に発行された笠井新也先生著の「阿波の狸の話」の巻頭に写真が掲載されています。

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昭和53年発行 飯原一夫先生著の「阿波の狸」
50年後でも残っていて感銘を受けたとのお話が。

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地図が相当アバウト!

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飯原先生の御本の頃から40年・・・
崖の上っていうのが気になるけど行くっきゃない

詳細な場所が分からず、周辺の方にお伺いしました。
怪しいやつが聞きまくってすみません(^_^;)
丁寧にお教えいただきありがとうございますm(_ _)m



阿波川口駅からトコトコ歩いて行き、相川橋を渡って右側へ進むと看板があります。

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河川敷の方へ降ります。

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足場が悪いので恐る恐る・・・

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滝があるといわれている方向へ進みます。
昔は木橋があったけど流されたそうで川が増水しているときは行けないらしいです。


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岩場が続きます

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分かりづらいのですが、山側に上へ登る箇所があるので登ります。

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滑るので要注意

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着きました。3、40年くらい前に町の方達が観光の為にと看板を設置したそうです。途中に登りやすいようにロープが張ってありました。

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青木藤太郎狸の祠

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石積みです。昔はもっと上にあったそうで、お参りがしやすいよう下に持ってきたのだそう。

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しきびが供えてあって今でもお参りする方がいらっしゃいます。お酒も(*^^*)

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近所の方が奉納した石造のタヌキ像も境内にありました

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青木藤太郎狸の由来

昔、相川橋の近くに一匹の善い狸と二匹の悪い狸がすんでいました。悪狸たちは通行人に悪戯ばかりしていました。善狸は悪戯を辞めるよう悪狸たちに忠告しますが、悪狸は相手にもしません。最後の手段として善狸は悪狸を殺してしまおうと考えるのでした。

冬の寒い晩に、善狸は美味しそうな魚を前にしてニコニコしています。悪狸はどうやってその魚を捕まえたのか?と聞くと、善狸は「尻尾を下の淵につけて置いて、一晩たったら魚が食いついたよ」と教えます。善狸に教わったとおりに悪狸は尻尾を下淵につけます。一晩するとどうでしょう。悪狸の尻尾は氷が張り詰めていました。身動きが取れなくなった悪狸に善狸は犬をけしかけて、犬に食い殺させました。まずは一匹・・・。

善狸は悪狸に相談します。「最近、侍に化ける練習をしているので見てくれないか」と。下川名の坂道まで来て、「向こうから化けてくるから、ひとつ見てくれないか」といい、姿を隠しました。悪狸がソワソワと待っていると、向こうから立派な姿をした侍がやって来ます。感心した悪狸が「上手い上手い」と言って、侍の頭を撫でようとしました。すると侍は「無礼者!!」と言い、悪狸を斬り殺しました。侍は本物だったのです。

また、明治時代にタバコの密売で捕まった人が、取り調べの時に自分は青木藤太郎だといい、罪を逃れました。藤太郎さんは罪を憎んで人を憎まないのです。

平成になっても青木藤太郎狸さんは町おこしでも大活躍です。

なんと! ゆるキャラになりました!

玉でかい!!

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2016年おそめちゃんと結婚しました

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山城では日本一のたぬきの里を目指しています。

これからも山城狸に期待やでー

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やましろ狸な会Facebook
たぬきで町おこし。地域にも っと多くの人が訪れ、通りにたくさんの人が歩いている。
昔は当たり前だったそんなまちを目指し通年活動していきますとのこと!

青木藤太郎神社
徳島県三好市山城町寺野



1年ぶり4回目2017年の祠
上に登る際目印にしていたテープが流されて、草が生い茂って辿り着くまで時間がかかってしまいました。また来年!

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徳島県板野郡藍住町にある観音院。729年勝道上人によって創建されました。本尊は十一面観世音菩薩。明治初頭、浦上キリシタンの改心者が預けられたこともあったそうです。

看板に惣助たぬき祠

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奥に進むと・・・

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パワースポット
困った時には、狸の言う通りにすれば願いが叶えられるという。

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惣助たぬきの祠
ピカピカです

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中には小槌を持った狸の石像が鎮座
うつろなお目々

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阿波の惣助たぬきの由来の看板

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昔、川崎から惣助という翁が※納所として此のお寺にやって来ておった。カンランの大樹を住みかにしていた当山の観音様のご家来狸の精が惣助にのり移り、困った時は何でも納所の言う通りにすれば願いがかなえられると評判に成り、以来人々は狸の神通力を受けようと参詣者がたえない。

※納所・・・禅宗寺院において金銭などの収支を扱うところ,また,その役を受持つ僧侶。広義には,寺院の庶務を司るところや,その役の者をもいう。

昭和2年発行の笠井新也先生著の「阿波の狸の話」にも、狸の名前は付いていませんが似たような話が掲載されています。この狸の霊がのり移ったのでしょうか

明治27、28年の日清戦争の時に、住職の許しを得て出征しましたが、講話になる前に負傷して帰ってきました。また、37、38年の日露戦争の時にも『お国の為に行かねばなるまい』と言ってまた出ていき、至るところで大そうな働きをして帰ったそうです。その当時は住職の為に毎晩連続して自分が参加した体験談を聞かせていました。実際にこの観音院の住職は、戦争当時戦地へ行っていたものでなければ、知り得ないことを知っていたので、狸の話も虚言ではなかろうと言っていました。

他にも観音院では狸がのり移った腕のよい女医の話も掲載されていました。


高野山真言宗雲龍山観音院
徳島県板野郡藍住町奥野字猪熊96
徳島駅より徳島バス吉成藍住線「藍園農協前」下車、徒歩約3分

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